ピースリングツアー~雨の横須賀港でボートに乗った

2017年7月1日 17時31分 | カテゴリー: 活動報告

神奈川ネットのピースリングツアーに参加してきました。横浜のノースドッグ周辺、小柴貯油施設(返還地)、池子住宅地、横須賀海軍施設等をまわり、沖縄に次いで基地の多い神奈川県の現状の一部を確認してきました。

ノースドッグの入り口手前にはそう長くはない「村雨橋」が在ります。1977年夏、ベトナム戦争のさなか、相模補給敞からベトナムに戦車を空母などに乗せて運ぶ計画があり、大きな反対運動がありました。戦車の重量が道路交通法違反であるとし、座り込み等の手段で抵抗しましたが、国は道路交通法の重量制限を改訂し、重量のある戦車でも通行可能としたことです。反対活動は当時の横浜市の飛鳥田一雄市長を中心に約100日間展開されたことですが、平和に向けて地方自治体が国と争うということが身近な県内で行われていたことを改めて理解しました。

「小柴貯油施設」(返還地)は現在では緑の豊かな場所であり、ちょっとほっとする場所でした。しかし19811013日にタンクが爆発炎上しましたが、日本の調査が入ったのは90日も過ぎた頃であったそうです。昨年11月相模原補給敞での火災発生がありましたが、ここでも日本側での十分な調査が出来なかったことが思い出されます。依然として日米の力の差を感じます。

神奈川県内に基地のある事について、疑問は持つものの切迫した緊張感を持つことなく生活をしてきました。しかし、戦争は常に世界のどこかで有り、その戦争にこの地もつながっていることは確かです。静かな横須賀基地と戦闘機の爆音が響く県央の厚木基地。そして基地のない地域もある中で、不安への温度差は確実にあります。基地のまちの不安を知ることは生々しい世界の情勢について学ぶチャンスです。ピースリングツアーは不定期開催ですが、多くの人が参加して基地と平和について考えてほしいです。そしてこれから日本の進む道、憲法のことも意識するきっかけにしてください。横須賀港をボートに乗って海から見ると、自衛隊やアメリカ軍の船の存在の大きさに驚き、不安が一層かき立てられました。